1年後の5月6日

白く、静かな病室。
時計の針がゆっくりと進む音だけが、空気を刻んでいる。
そのベッドに、安見手 眠流はいた。
目を閉じ、呼吸器の音に合わせて微かに胸が上下しているだけ──昏睡状態だった。
窓から差し込む柔らかな光が、彼の顔を淡く照らしている。
その脇に、一人の男が立っていた。
白衣姿の中年紳士。
ネクタイを締め、髭を整えた、望淵 福介。
誰に話すでもなく、誰にも届かない声で、彼は呟いた。
「……望んだんですよ、“ずっと休みたい”と」
「ええ、その願い、確かに叶えましたとも。
ですが、“願い”というのは時に、呪いと変わらぬものです」
望淵は一歩、ベッドに近づいた。
そして、うっすらと笑う。
「努力も、失敗も、痛みも──何もない日々が、
果たして“幸福”と呼べるのか……それは、本人にしかわかりませんがね」
彼はそっと帽子のつばに触れ、振り返る。
「ふぉっふぉっふぉ……それでは、私は次の実験対象へ」
ドアを開け、病室を後にする白衣の背中。
その足音も、やがて無音の中に吸い込まれていった。