5回目の5月6日

目が覚めた。
だが──何かが違った。
安見手は、寝起きの頭でまずカーテンを開けた。
そこにあるはずの喧騒は、なかった。
車の音も、通勤者の足音も、駅のアナウンスも、
カラスの鳴き声すら──どこにもなかった。
「……?」
スマホを見る。電波はあるのに、通知は一件も届いていない。
天気予報も、ニュースサイトも、タイムラインも、何ひとつ更新されていない。
不安に駆られた安見手は、部屋を飛び出した。
マンションの廊下には誰もいない。
エレベーターは動かず、階段を駆け下りる。
外に出ると、そこはまるで“作り物の街”だった。
人影がない。車は止まったまま。信号は全て赤のまま、瞬きひとつしない。
コンビニのドアは開かず、街頭のビジョンは無音でフリーズしていた。
風が吹かない。時間が流れない。
音のない世界。
──すべてが、止まっていた。
「……なにこれ」
安見手の声だけが、やけに響いた。
そのとき──
「ふぉっふぉっふぉ……お目覚めですか、安見手さん」
振り返ると、公園のベンチに望淵が座っていた。
白衣を着て、紅茶の入ったティーカップを静かに傾けている。
「お約束、守れませんでしたね。
私は“3回まで”と、確かに申しました」
「こ、これは……」
「ええ、“今日”は繰り返されていますよ。
ただしあなたは、もう現実との接続を失いました」
安見手は頭を抱えた。思考がまとまらない。
体は動く。感覚もある。だが──誰もいない。どこにもいない。
「……ま、待ってくれよ……!俺、ちゃんと……戻る、から……!なあ、なあ望淵さん!頼むって……!」
足をもつれさせながら、安見手は望淵にすがろうとした。
だが──
その声は、まるで雷鳴のように響いた。
「堕ぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
望淵の瞳が鋭く光り、世界全体が一瞬ビリついたように震えた。
静けさが戻る。
ベンチに立つ望淵は、まるで哀れみを含んだような口調で語った。
「あなたは、永遠の“5月6日”を望みました。
ですので、それをご用意させていただきました」
「どうぞ、ゆっくり……
誰にも邪魔されることのない“休日”を──永遠に」
望淵はそっと白衣を翻し、霧の中へと消えていった。
彼の足音も、最後の一滴の紅茶の音も、すぐにこの世界から消えた。
安見手の声だけが、止まった空に響いていた。