望の淵 #01 永遠のGW

2回目の5月6日

その夜、安見手は帰宅後すぐに、紙袋の中の枕を取り出した。

予想以上に柔らかく、ふんわりと頭を包み込むような手触り。

タグには「エターナル・トゥデイ/β版」とだけ書かれていた。

画面には本日の日付、5月6日が表示されていた。

「……いやいや、それっぽいけども!ま、せいぜい良い夢見させてくれや〜」

そうつぶやいて、安見手は目を閉じた。

しばらくして、静かな眠りに落ちた。


目が覚めると、また「5月6日」だった。

カーテンの隙間から漏れる朝日も、風に揺れるカラスの鳴き声も、昨日と寸分違わなかった。

スマホの通知はゼロ。

TVの放送内容も昨日と同じ。今日一番運勢のいい星座は牡牛座。

「……マジかよ」

安見手 眠流は、ベッドの上でしばらく黙って天井を見つめた。

感覚的には夢ではなかった。むしろ現実より鮮明で、あまりに自然だった。


夜。

眠流はまたBar 狭魔へ向かった。

前日とまったく同じ時間に、同じジントニックを注文する。

扉が開いたのは、その直後だった。

「こんばんは。いやはや……律儀に来られるとは思いませんでしたよ」

白衣姿の望淵 福介が、昨日と同じ笑みを浮かべて入ってきた。

彼はまるで、待ち合わせをしていたかのように、スツールに腰掛けた。

「……あれ、本当にすごいな。

 なんていうか、夢って感じじゃないし、昨日の続きっていうか……“昨日のやり直し”って感じもしない」

「ええ、“続き”ではありません。“今日”そのものを再現しているのですから。

 記憶、感覚、時間の密度までも。詳しくは企業秘密ですが…

 ありとあらゆるデータからGW最終日が再構築される……それが“エターナル・トゥデイ”です」

安見手はグラスを揺らしながら、少し笑った。

「仕組みはよくわからんが、とにかくすごい技術だな…

 明日は……日帰りで温泉でも行ってみようかな。こんなGW最終日なら、毎日でもいいや」

望淵は穏やかに微笑んだまま、言葉を添えた。

「お気に召して光栄です。

 ただ、あと2回ということを、お忘れなく。

 これは、現実と脳の関係における、“限界点”のようなものですので」

安見手は「はいはい」と生返事をしながら、ジントニックを一口飲んだ。

望淵は立ち上がり、いつものように静かに笑った。

「ふぉっふぉっふぉ……では、よい湯を──いや、よい“今日”を」

そして、扉の奥へと、また音もなく消えていった。

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