望の淵 #01 永遠のGW

3回目の5月6日

目覚めた安見手は、スマホの画面の“5月6日”を確認すると、何の迷いもなく支度を始めた。

「今日は温泉……日帰りなら、日光あたりでいいか」

電車に乗る。窓から見える景色も、乗客の表情も、どこか既視感に満ちていたが、

安見手はもう気にしなかった。

この“繰り返し”を、すでに肯定していた。


昼下がり。

日光の山奥にある、岩造りの露天風呂。

湯けむりの向こうに、静かな山並みが広がっていた。

「あ〜〜……最高だわ」

安見手は湯に肩まで浸かり、空を見上げる。

仕事も上司も、始業時間も、この世界には存在しない。

──そのときだった。

「奇遇ですな。温泉、お気に召されましたか?」

背後から聞こえたその声に、安見手は思わず振り返る。

そこには、望淵 福介が、涼しい顔で腰まで湯に浸かっていた。

「……あんた、どこにでも現れるな」

「ふぉっふぉっふぉ。観察対象には、つい同行したくなりまして」

「でも……ほんとにすごいな。

この世界……現実よりも現実っていうか、快適すぎて怖いくらいだわ」

「それはなにより。ですが……あと1回ですよ。くれぐれも」

「はいはい、わかってるって」

安見手は湯の中で手をひらひらさせた。

「明日は、何もせずに家でごろごろかな……それもまた贅沢ってやつだよな」

望淵は静かに微笑んだだけだった。

そして、立ち上がるとどこかへと去っていった。

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