3回目の5月6日
目覚めた安見手は、スマホの画面の“5月6日”を確認すると、何の迷いもなく支度を始めた。
「今日は温泉……日帰りなら、日光あたりでいいか」
電車に乗る。窓から見える景色も、乗客の表情も、どこか既視感に満ちていたが、
安見手はもう気にしなかった。
この“繰り返し”を、すでに肯定していた。

昼下がり。
日光の山奥にある、岩造りの露天風呂。
湯けむりの向こうに、静かな山並みが広がっていた。
「あ〜〜……最高だわ」
安見手は湯に肩まで浸かり、空を見上げる。
仕事も上司も、始業時間も、この世界には存在しない。
──そのときだった。
「奇遇ですな。温泉、お気に召されましたか?」
背後から聞こえたその声に、安見手は思わず振り返る。
そこには、望淵 福介が、涼しい顔で腰まで湯に浸かっていた。
「……あんた、どこにでも現れるな」
「ふぉっふぉっふぉ。観察対象には、つい同行したくなりまして」
「でも……ほんとにすごいな。
この世界……現実よりも現実っていうか、快適すぎて怖いくらいだわ」
「それはなにより。ですが……あと1回ですよ。くれぐれも」
「はいはい、わかってるって」
安見手は湯の中で手をひらひらさせた。
「明日は、何もせずに家でごろごろかな……それもまた贅沢ってやつだよな」
望淵は静かに微笑んだだけだった。
そして、立ち上がるとどこかへと去っていった。