廃マンションでの一件から30分後、私は自宅前へと辿り着いた。時刻は明朝、既に両親は起きているかもしれない。玄関から入り、返り血を浴びたこの服を見られるのは非常にまずい。
私は、廃マンションでの一件の際に黒衣の女に与えられた”瞬間移動”能力を使うことにした。カーテンが開き丸見えになっている自室をじっと見つめ念じると、一瞬で自分の部屋にワープしていた。すぐに服を着替え、ベッドで一休みすることにした。
数時間が経過し、母が階段をのぼり起こしに来た。
私は、『はい。』と、不安でいっぱいになりながら返事をした。
私は何も答えることが出来なかった。
まさか自殺を決行しようとしていたなんて口が裂けても言えなかった。
と、母から強烈なビンタが飛んできた。良い子を演じ続けてきた私にとって、これが初めて受けた母からのビンタであった。
涙目の私は、2階の自分の部屋へと駆け上がり、スーツケースに必要な荷物を詰めることにした。
3分程して、私はスーツケースを引きながら再び一階にいる母の元へと訪れた。
母の制止を振り切り、私は玄関を飛び出し、行く宛もなく駅前へと駆けていった。とりあえずは駅前の漫画喫茶に入り、まだ疲れが残る体を休めることにした。
3時間程眠った後、ドリンクバーから持ってきたカフェオレを片手に、今後の方針を考え始めた。
学生であった為、貯金は数ヶ月も生活すれば尽きる額しかなかった。折しも目の前にはパソコンがあるので、インターネットを使って求人募集を検索した。
電話をかけると、その話し方から品格を感じる女性が出た。いつでも訪れて良いと言うので、お言葉に甘えて早速午後から訪れることにした。
着いてみると古ぼけた雑居ビルの四階であった。ドアに近寄ると何やら声がした。
『やめてくだ…』『遠慮せずに…』
どうやら男性と女性の二人で何やら一悶着起こっているようだった。
と、帰ろうとしたその時、私にとって聞き捨てならないワードが耳に入ってきた。
『あなたその胸のハートマーク…』
私は思わず声を荒げ、ドアを開けて中へと入ってしまった。そこには、私と同じく左胸にハート型の入墨が入った半裸の男性と、それを見て驚いている様子の女性が立っていた。
私は何が何だかわからないまま、昨日奇妙な力で助けてもらった沖波と呼ばれた男の隣に腰を掛けた。
沖波は驚いた表情でこちらを見ている。
沖波が言わんとしていることがわかった。そして私も沖波が何をしたのかが予想できた。きっとこの男も私と同じく自殺未遂をし、例の黒衣の女から異能力を授かったということだろう。
涼風所長は一瞬、憎悪に満ちた表情になったがすぐに切り替え、話し始めた。
場の空気が凍りついた。会ったばかりだというのに、彼女にとってとてもデリケートな質問を私はしてしまった。
すると彼女は、重々しい口を開き、恐らく思い出したくもないであろう過去を語り始めた。