Mortals~死に損ないの英雄道~:第5話『歪なハート』

Mortals~死に損ないの英雄道~:第5話『歪なハート』
沖波
あと1年か…。

異能力を得たからといって、とくに僕の生活が変わることはなかった。毎日同じ暮らしの繰り返し。皆そうだと思うが、よく飽きないなと内心思っていた。

沖波
最後はどうせ死ぬのに、なんでこのストレス社会の中で必死に生きているのかねぇ。

僕はというと、テレビを見てゲームをしてネットをして食べて寝る。ただそれだけの暮らしをしていた。半年前までとある会社で働いていたが、面倒臭くなって辞めてしまった。今はその時の僅かな貯金を食い潰して生きている。間もなく尽きる。そもそも死ぬつもりだったから当たり前だ。

沖波
あの黒衣の少女の言葉を信じるならば、1年後に確実に死ねるわけだけど、それまでにこの暮らしを奪われるのは嫌だな。バイトでもするかな。

そう思い求人募集を検索していた僕だったが、どれもこれも接客業ばかりで、とてもやる気がしなかった。

【英雄になろう!何でもお悩み解決 涼風相談所 2名募集】

沖波
お悩み解決ねぇ、浮気調査とか掃除代行とかそんなんかな。ん、このハートマークは…。


そこのシンボルマークが、僕の左胸に刻まれたハート型の模様とよく似ていた。

沖波
こんな歪なハートマーク、早々あるもんじゃない。僕の胸のタトゥーと、あの女と何か…関係が?

場所も一駅隣と近く、とりあえず説明だけでも聞いてみることにした。すると今日にも来てほしいとの事だったので、とくにやることもない僕は二つ返事で了承した。

指定の場所に着くと、駅から5分程の古びた雑居ビルの四階、最上階に位置するフロアに”涼風相談所”はあった。

沖波
(コンコンッ)すみません、電話した沖波です。

“はい”という返事がすると、間もなくドアが開く。すると淑女という言葉が相応しい、落ち着いた雰囲気の女性が出迎えてくれた。

涼風七楓
お待ちしておりました。私この相談所の所長をしております涼風七楓(すずかぜななか)と申します。どうぞ中へ。
沖波
失礼します。

玄関に入って右手には、来客用のスペースだろうか、向かい合う形で置かれているソファーとそれらの間に机があった。

涼風七楓
今お茶を入れますので、そちらで座ってお待ちください。
沖波
…ありがとうございます。

玄関に入って左手には、簡単なキッチンスペースと冷蔵庫が設けられている。

部屋の奥には、向かい合う形で配置された4つのデスクと、所長席だろうか、背面一面がブラインドに覆われた窓際の最奥には1つデスクが置かれている。左右の壁際には本棚が並んでいる。

と、室内を物色しているうちに所長が戻ってきた。

涼風七楓
お待たせしました、どうぞお飲み下さい。
沖波
すみません、いただきます。改めまして沖波と申します。よろしくお願いします。
涼風七楓
宜しくお願い致します。本日はお越しいただきありがとうございます。お住まいは近いのですか?
沖波
はい、隣の駅なので自宅から15分程でした。
涼風七楓
そうですか、今は求職中、ということですか?
沖波
はい、インターネットで検索しておりましたらたまたまこちらの求人募集を見かけまして。
涼風七楓
そうでしたか。ちなみに今回、弊社に興味を持ってくれた理由をお伺いしても?
沖波
あぁ、えーっと…。(ハートのマークとは言えないしな。)英雄…、人の役に立って英雄になりたいと思いまして!
涼風七楓
あらそうでしたか!あのキャッチコピーは私が考えたものですの!そうでしたか!心に響いたのですね、うれしいです!
沖波
はい!心にグサッと刺さりました!(急にハイテンションになったな…。)
涼風七楓
うふふ。英雄、誰もが憧れますものね♪あ、業務内容の説明をしないとでしたね!
沖波
相談所、一体何をやるところなんでしょう。お願いします!
涼風七楓
コホン。我々は各方面から依頼を受けております。個々人の小さな依頼から、組織規模の大きな依頼まで様々。詳しくは守秘義務があるので説明出来ませんが、誰かの為になることは間違えありません。
沖波
なるほど、でも組織規模の問題なんかは解決するのが難しそうとお見受けします。
涼風七楓
もちろん簡単ではありません。しかし我々は、私を含め3人とも、個々人が特殊な能力を持っております。
沖波
特殊な…能力…?(まさかここの人達も僕と同じく。。)
涼風七楓
ええ。異色な経歴の持ち主が多いので、皆一騎当千の優秀な人材ってことですわ。こう見えて私は元々空手の学生チャンピオンで、前職は公安にいましたの。
沖波
そうなんですか、凄いエリートだったんですね。しかし空手のチャンピオンとは、全然見えないですね。
涼風七楓
ふふふ。あ、今お茶のおかわり持ってきますね。
沖波
ありがとうございます。

僕はどうやら疑いすぎていたみたいだ。たまたまハートマークが似通っていただけで、自分と同じ異能力の持ち主だと決めつけてしまっていた。そもそも、彼女が異能力使いだとして、自殺未遂をするようには思えなかった。

涼風七楓
お待たせしま…きゃあ!

彼女は持ってきたお茶を、僕のシャツにぶちまけた。完璧そうに見える人でも、このようなドジっ娘テイストなうっかりミスをすることもあるのだなとそのギャップに萌えてしまった。

涼風七楓
ごめんなさい、ついうっかりしちゃって…シャツすぐクリーニングに出すのでどうぞ脱いでください。
沖波
えっ、いや、こんなの安物なんで気にしないで下さい。本当に大丈夫ですから。
涼風七楓
いえいえ値段は関係ありません!すぐにクリーニングに出せば跡は残りませんから!さあ遠慮なさらず!

彼女の手が僕のシャツを脱がせようとする。僕は必死にその手を押さえつけるが、さすがは元空手の学生チャンピオン、力が強すぎて止められそうにない。

沖波
いや、ちょ、本当に大丈……あっ!

僕のシャツはあっけなく脱がされてしまった。そして半裸になった僕の左胸のハート型のタトゥーを彼女に目撃されてしまった。

涼風七楓
あなたそのハートマーク…

彼女はこのハート型のタトゥーについて、明らかに何かを知っているような雰囲気だった。
が、その表情はどこか憎しみに満ちていた。

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